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本 堂

開山年代は不詳であるが、六部行脚僧が庵を結び持参の阿弥陀如来を安置したことにはじまると言われる。当山由緒は次のように伝える。
「当山は元ト浄土宗ニシテ長昌寺と称シ、創立ノ年月日不明、久譽残察和尚ノ開基ナリ。時ノ本尊ハ阿弥陀如来ノ立木像ニシテ今尚現有ス。慈覚大師ノ作ト伝フ。寛永年間(1624~1644)宗旨ヲ曹洞宗ニ改メ、盛岡市鉈屋町(なたやちょう)寺ノ下、祇陀寺(ぎだじ)五世然室芳天(ねんしつほうてん)大和尚住山シ、当寺開山トシテ宗風ヲ挙揚(こよう)シ門風熾(さか)ンナリシト。寛永18年9月14日示寂(じじゃく)ス」その後、九世中興松峰玄鶴(しょうほうげんかく)大和尚の代に現在の萬峰山長松寺と改称される。

 

本堂

 

開山堂

 

位牌堂

大慈寺から引っ越したお地蔵さん

真偽のほどは不明だが、昔このお地蔵さんは大慈寺にあった。時の大慈寺住職が賭博に負け、その金を払うため城下の三州屋という質屋に入れた。それを買い上げようとした人があり、馬に乗せて帰ろうとしたが、馬は歩こうとしなかったので、やむなく三州屋に戻した。その後川村勘之助という人が元利を払い買い受け、馬のあゆむままにしたら当寺に着いたとのことである。河村氏他有志のものが台座を新調し寄進。現在、位牌堂に安置している。

秋葉殿御堂

寺内に火防鎮守として名高い「秋葉三尺坊」の御堂を建て、はるか遠州(静岡県袋井市久能町)におもむき「秋葉三尺坊大権現」の分体を勧請いたしました。

長松寺墓地(全体)

一般墓や永代供養墓など、多様な供養の形が整えられており、ご家族の想いに寄り添う空間となっています。

永代供養一号墓
(聖観音菩薩)

 

永代供養二号墓
(地蔵菩薩)

 

歴史を今に伝える什物

長松寺に伝わる什物

一階接客の間

二階大広間